結婚の予感がなんとなくする

無味無感動な味の抜け去ったチューインガムのような毎日を日々無意味に浪費している無残な人生の最中に諸君らの友人(しかもさほど深くディープな中ではない場合を想定すると現実味が増すぞ)から突然結婚はがきが届いた事はありませんか?でかでかとこれ見よがしに印刷された『私たち結婚しました』という報告のハガキ(しかも子供産み済みのできてしまったので渋々しました婚(笑)だったりすると更にリアルだゾ)を見てなんだか自分の人生に言い知れない寂しさを感じた時、果たして我々にいったい何ができるだろうか?別になにもしなくていいといでばいいのだが、このまま何も考えないまま流しに流されるだけの人任せ他人主義な人生で諸君らはコレから先も生きていくつもりだろうか?グダグダの有耶無耶にぼやかされたまま唯々諾々と続くなんの変化も刺激もないような日常を大人しく享受すると言うのか?そんな奴隷のような人生で本当に満足か?(たかが結婚ハガキ一枚で大げさではあるが、間違ってはいないだろう?)

結局結婚しました、褒めて

しかし、とりあえずソレらの葛藤はひとまずそこらに置いておくとして、結婚とはなんともよく考えられた搾取システムをしているものであるな、中でも逸材なのが女性サイドの搾取っぷりには目を見張るものがあるが、それでも一方的に女性が得をしているかのような偏向的な考え方をココで述べるのはもしかするとフェアでは無いかもしれないな。しかし改めて考えてみるとどうだろうか?この日本国内に限った社会の縮図を見た時、普通のサラリーマンの男性と普通の女性の言動ではどちらが説得力あるだろうか?例えば地下鉄のホームで『この人 が 痴漢です』と言った女性と言われた男性、果たして貴方が瞬間的に信じるのはどちらだろうか?無意識的にとりあえず『この人 が 痴漢です』と何の証拠も根拠も提示されないまま決めつけられた男性を悪と認定するのではないだろうか?そして残念な事に日本における痴漢行為の冤罪率は80%以上で多くの『痴漢発言』をした女性が後に退けなくなり怖くなって言い出せなくなったと人として精神構造を疑うような行動によって言われもない扱いを受けているのだ。

結婚とは無関係でいられない

まさに結婚とは世界との戦いである、多くの人類が結婚はまるで当人ふたりっきりの狭い世界でのやりとりだと思っているようだが(あながち間違ってる訳ではないのだが)実際には本人達の思いもしないような部分で当人達の結婚によって動き出している事を自覚できるケースは極めて稀である。それは出会いの瞬間から起きているのかもしれない。たとえば結婚式の話でもまわないが結婚式に参加するのは親族や親戚一同だけだろうか?いいや違う、多くの場合が友人や知人に恩師や上司などの様々な関係者を結婚式に招待しているハズだ場合によっては見栄張りのためのアルバイトの友人だって呼ぶ事になるかもしれないがとにかく結婚式に参加するだけでもこれだけの人が動くのだ、それで社会に小さなバタフライ効果が生まれないはずがないではないか、ある者は結婚式のために会社での仕事を休んで来ている者もいるだろう、それによって本来休みだった者が会社に出勤しているのかもしれない、ソレでもまだ関係ないと言い張れるだろうか?

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